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直線的宗教観と円環的宗教観

私は今まで円環的価値観を持っていた。春夏秋冬、1年で再び、また元に戻る。輪廻転生。

直線的宗教観は日本人である私には合わないと思っていた。直線的宗教観は砂漠で生まれた一神教のものであると。

しかしながら、最近思うのが直線的宗教観もあながち間違いではないのではないかということである。

20歳の人生は一生で一回しかない。30歳の人生も、また一生で一回しかない。今日という日は一生に一回しかないのだ。

産まれてから死ぬまで一直線である。30歳の後に25歳をやることもない。年齢とともに直線的宗教観のほうがしっくりくるようになってきた。

夜食

夜食のカップラーメンを食べようとしたら、、普段ならポットに入っているはずの湯がなかった。
身体に悪そうな、レトルト食品である。これを食べると、顔に吹き出物が出来る時がある。
 
いつも湯の準備をしている人間が、今日はカップ麺を持って来ていないからだという。


みんな誰かがやるだろうと考えて誰もしない。仕方がないので、私が湯を沸かしたのだが文句を言う人間はいても、湯を沸かそうとする人間は誰もいないのだ。




そのくせ湯が沸くと我先にと使いやがる。


私より先に使うやつもいた。


人間というのはこんなものなのだろう。

佐藤 優 人に強くなる極意

先ほど領収書の例を挙げましたが、それまでOKだった。あるいは暗黙のうちに認められていたことが、ある日あるきっかけを境にアウトになる。

会社の組織においてはこういうことがままあるので、僕らはつねにその動きに注意を払わなければなりません。

よく指摘されるのは、会社内にやたらスローガンや注意書きが貼りだされるようになったら要注意だと。たとえば「コピーは裏紙を必ず使用!」「電気はこまめに消す!」なんて貼り紙、職場にありませんか?それまで貼っていなかったのに、ある日急に貼りだされた、なんてことがあったら要注意です。

(中略)

報われないことに足をとられがちな現代だからこそ、「あきらめないこと」と「あきらめるべきこと」の二つを選りわけて、上手に、マネジメントしなければなりません。

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